アニメ精霊の守り人の感想は、読まないのを後悔するほど面白かった!

アニメを見る前から、「精霊の守り人」というタイトルだけは知っていました。中学校の図書室で、一番目立つところに置かれていたからです。

そこは、先生イチオシの作品が置かれている本棚でした。課題図書と一緒に並べるには、ミスマッチな背表紙だったので印象に残っています。

 

 

結局私は、「精霊の守り人」を読みませんでした。ファンタジーは好きだったのですが、勧められるままに読むのは悔しかったのです。

 

 

数年後アニメを見たときは、後悔しましたね。変な意地を張らずに、中学生のときに読むべきでした。面白かったからというのもありますが、反抗期だったあの時の私にこそ、必要な本だった気がするのです。

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「精霊の守り人」のあらすじ

「精霊の守り人」はアジアを舞台にしたファンタジーです。

腕の立つ女用心棒バルサが、暗殺されかけている皇太子チャグムを助けます

 

 

暗殺の首謀者は父親である帝でした。チャグムには得体の知れないものが取り憑いていました。寝ているときに体が光ったり、命が危険になると水がチャグムを守ったりするのです。不気味ですね。

 

 

これはきっと水の妖怪のしわざだ。皇族に、こんな気味の悪いものが取り憑くなんてあってはならない。という理屈で、帝はチャグムを亡き者にしようとします。

 

 

しかし、バルサがよく調べてみると、それは妖怪ではありませんでした。ニュンガロイムという水の精霊の卵のようです。

ニュンガロイムは100年に一度しか生まれない、雨を降らせてくれる精霊です。

もし、卵が無事に孵らなければ、この地に二度と雨が降らなくなってしまいます。

 

 

要するに、帝は国のためにチャグムを守らなくてはいけなかったのです。知らなかったとはいえ、取り返しのつかないことをするところでした。

 

 

バルサはどうしたらチャグムから卵を取り出し、無事孵すことができるのか、調べて回ります。

しかし、新しい国になって以降、古い文化がどんどん廃れ、ニュンガロイムについての伝承は失われつつありました。わずかな情報をかき集めても、難題が積み重なっていくばかりです。

 

 

バルサは諦めませんでした。たくさんの人々の協力を得て、見事に卵を孵し、チャグムを皇太子へと戻してやります。

 

 

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「精霊の守り人」の感想

私は「精霊の守り人」を見て、子供のころに、花火をさわってしまったこと思い出しました。

 

 

打ち上げ花火とかではなくて、手に持って楽しむ小さな花火です。最初は眺めるだけで満足でした。でも、キラキラ光ったり、色が変わったりするのを見ているうちに、さわりたくなってしまったのです。

 

 

親から、熱いから絶対にさわるなときつく言われていました。

ですが、どのくらい熱いのかが理解できません。沸騰したヤカンだって、一瞬さわるだけなら大丈夫だったりしますよね。あんな感じかなと思ったのです。

 

 

ちょっとくらい大丈夫かな? そう思って手を伸ばした瞬間、大火傷です。自業自得ですね。

私はこの時、忠告の重要さと、それを聞き入れることの難しさを学びました。

 

 

じゃあ、それが分かったから、もう大丈夫。次から人の忠告をよく聞くいい子になったかというと、そうでもないんですよね。親や先生の言いつけを何度も破ったし、痛い目にも会いました。

分かっているつもりでも、守れないのです。一回くらい大丈夫かと気が緩むこともあるし、忠告自体を忘れてしまうこともあります。

 

 

いっそ、失敗して痛い目を見るというのは、一つの手ですよね。そうすれば、それに関しては細心の注意を払えるようになります。

ですが、できるなら痛い目に合う前に、その危険性に気づきたいです。

 

 

「精霊の守り人」も、こういう忠告を疎かにしたのが物語の発端でした。

ニュンガロイムの卵は、100年に一度孵っていました。先人たちはその体験を後世に語り継ぐ努力をしましたし、文章にも残してくれていました。

でも、新しい国ができて、古い文化が失われる中で、忠告が途切れてしまいました。その結果、11歳の幼い少年がツケを払うことになってしまいました。

 

 

もうこんなことが起こらないようにしないといけません。

100年後は、つつがなく卵を孵せるでしょうか。これだけ痛い目をみた彼らなら、上手いこと後世に情報を伝えてくれそうですね。

それでは500年後、1000年後はどうでしょう。なんだか怪しいですね。どこかの地点で、ふと途切れて同じことを繰り返す気がします。

 

 

忠告を永遠に残すのは、難しいですね。文字で残しても1000年後には文体が変わって読めなくなるし、語り継いでも伝言ゲームみたいに変化したり、途切れたりしてしまいます。

うまく残せたとしても、受け取り手が真剣に聞いてくれるとは限りません。

 

 

きっと、私の日常でも同じことが起こっているのでしょう。東北大震災の津波も、よく調べてみると1000年前に同じようなことがあった、という資料が残されていたようです。語り部の人たちもいました。それを真剣に聞いていれば、違う結末もあったのかもしれません。

 

 

もっと身近なことだと、親からのお説教とか、交通安全を呼びかけるポスターとかもそうなのでしょう。

言われなくても分かっていると馬鹿にして、たくさんの忠告を聞き逃しているはずです。失敗したら取り返しがつかなくなることもありますから、できるだけ痛い目に合う前に耳を傾けたいところです。

 

 

「精霊の守り人」は、慢心している私に、もう一度周りをよく見てみなさいと忠告してくれたのだと思います。

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